2016年1月25日月曜日

完全な時間

- 昨年、夏 -

その日は、事情により、なんともやりきれない気持ちでまだ幼い娘とドライブをしていた。
夕暮れが差し迫ったころ、娘と海岸を散歩しようと、古い民家の駐車場に車を置かせていただいた。
その民家の持ち主であるおばあさんは、その駐車場の縁で、簡易チェアに座っていました。
海に沈む夕日を眺めています。

そのおばあさんは、海岸に向かって歩いて行こうとする私達に話しかけてくれました。
夕日が、季節により、時間により、毎日違う顔を見せること。
そして、それぞれがなんとも美しいこと。
話し終わると、また、しみじみと幸せそうな顔で夕日を眺めているのです。

私は、その時、今まで感じたことのないショックを受けた。
少しめまいの混じったショックだった。
この驚きが何によるものか、にわかにはわからなかった。

失礼ですが、このおばあさんには持っているものがあまりないように思った。
家は古びています。
これから未来に向かって歩んでゆく「希望」はどうでしょう。
背中も当然曲がっています。
年をとるというのは、そういうことだと思っていた。
このおばあさんは何故そんなに幸せそうなんだろう。

そんなことを思いながら、娘と海岸に下りた。


確かに綺麗な夕日に、静かに包まれていった。

娘は「丸い石があった」といって、私にそれを手渡してくれた。
夕日の中で、海辺を歩く娘の後姿が目に焼き付いている。
突然、パッと視界が開けたかように、特別な感覚が舞い降りてきた。
それは「視界」が美しいというより、「この世界」が美しいという感覚。
今までで最も感動した瞬間といっても過言ではない。

その時、私は、あのおばあさんの心にある感覚がどういうものであるか、理解できたような気がした。
それは「完全なもの」「完璧な美」。
おばあさんがいなければ、たぶん、私は気づかなかった。

その感動は、数日続いた。
この時に娘がくれた石はもう一生の宝です。
今も肌身離さず持っています。




- 日の出貝 -


「二つの少しも欠けた所がない面がただ一つの縦帯で結ばれ、完全に一つに合わさって、どっちの面にも暁の光が差している。」

【 海からの贈物 】
アン・モロー・リンドバーグ 著
吉田健一 訳
新潮文庫 1967           より

この本には、はかないようではあるけれども、美しくさらに永遠の価値があるものについて、次のように書かれています。
我々は皆、自分一人だけ愛されたい。
「林檎の木の下で、私の他の誰とも一緒に坐っちゃいや」という古い歌の文句の通りである。
そしてこれは、W・H・オーデンが言っているように、人間というものが持っている一つの根本的な欠陥かもしれない。 
**********
どの女も、男も、持って生まれた迷いから、適(かな)えられないことに心を焦がし、普遍的な愛だけではなくて、自分だけが愛されることを望む。
**********
しかしこれは、それほど罪なことだろうか。
私はこの句について或るインド人の哲学者と話をしていて、非常にいいことを聞いた。
「自分だけが愛されることを望むのは構わないのですよ」とその哲学者は言った。
「二人のものが愛しあうというのが愛の本質で、その中に他の物が入ってくる余地はないのですから。ただ、それが間違っているのは時間的な立場から見た場合で、いつまでも自分だけが愛されることを望んではならないのです」というのは、我々は「二つとないもの」、二つとない恋愛や、相手や、母親や、安定に執着するのみならず、その「二つとないもの」が恒久的で、いつもそこにあることを望むのである。
(中略)
日の出貝は美しくて、壊れやすい、儚いものである。
しかし「それだから幻影だ」というものではないので、我々はそれがいつまでもあるものではないという理由から一足飛びに、それが幻影であるなどと思ってはならない。
持続ということは、真偽の尺度にはならない。
蜉蝣(カゲロウ)の一日や、天蚕蛾(テグスガ)の一夜は、その一生のうちで極めて短い間しか続かない状態だからといって、決して無意味ではないのである。

うん。

日々目まぐるしく働く私たちの日常にあっては、なかなか思い出せません。
ですが、よくよく思い返してみると、誰にでも「完全な時間」があったはずです。
あの時はうれしかったなあ。
あの時はたのしかったなあ。
あの時は感動したなあ。
・・・
ほら、ありましたよね。

人は、未来について考えるといろいろ大変です。
でも過ぎた時間については、けっこう寛容になれるものです。

人生はもともと一瞬です。

ふと振り返った時、「完全な時間」が一時でも思い出せれば、それでいい。
少なくとも過去の人生については、それで十分ですよ。

2016年1月1日金曜日

音楽の力

第66回NHK紅白歌合戦の大トリは松田聖子さんの「赤いスイートピー」。


紅白ではないが、最近ある映画の大トリでこの曲を聴いて、音楽の力を猛烈に実感した。
「麦子さんと」という作品です。

テーマはもちろん「愛」。
自らの死に対する恐怖や肉体的苦痛などより大切な人を想う心を優先する、「愛する者」の情景を描いています。
そして、「愛される者」が「自分は愛されていた」ことを受け入れるまでの心模様がよく描かれています。

はたして、こういうテーマはえてして激情的に描かれます。
登場人物の動作も派手で、現場の光景も鋭利といえるほど美しく、劇中のBGMも激情的に振れやすい傾向にあると思います。
わたしはそれが当たり前だと感じていました。
だって、そのような自己犠牲の苦痛を乗り越えるといった「愛」の作用は、劇的で、抒情的、かつ、美しく、壮大で、夜中に街を走り回りたくなるような感動であって当たり前でしょう!
みたいな。

しかし、そのような一見「鋭利な愛」の物語も、「赤いスイートピー」の波動で、陽だまりのような「穏やかな愛」の物語に。
「赤いスイートピー」は、母娘の絆を描いた歌でないにも関わらずです。

逆に、なにげない風景、犬の散歩で普通に目にしているような光景であっても、「赤いスイートピー」の波動で、優しい田園に早変わり。

聖子さんの声と曲のハーモニーがなせる技ということか。



これは驚きでした。
上へ下への大騒ぎになりそうな人生の悲哀も、受け取り方次第で優しい愛の物語になりえるということです。
また、何の変哲もない生活の風景であっても、感じ方次第で優しい人生の一コマに変容しうるということです。

なんたることでしょう。
昔「エースをねらえ」というテニス漫画を全巻揃えて、当時のバイブルにしていた。
お蝶夫人だったか棟方コーチだったか、「人生の幸不幸は、その出来事そのものにあるのでない」といったセリフがあり、当方、分かってもいないのに、分かったかのように大人ぶってたものだが、今になってその意味が分かった(ような気がする)。

もしBGMが無かったり、逆にベートーベンの第九のような旋律であったら、この物語はどう映ったであろう。
そして実感した。
特定の出来事の幸不幸の色合いを決めているのは、出来事の内容もさることながら、受け取る人の心の波動であることを。

私は「赤いスイートピー」の波動に影響されて、悲痛・悲美であるはずのこの愛の物語を、物悲しくも暖かい愛の物語として受け入れることができた。
「音楽」がこれほど大きな影響力を持つとは思いもしなかった。

ちなみに「赤いスイートピー」、作曲:呉田軽穂ということだが、この呉田軽穂ってユーミンだったんだ!
知らなかった。

心の波動を旋律に変えて表現できるって素敵な才能だなあ。。。

2013年8月16日金曜日

最後に見える景色

なにやら、観光客のマナーがなっていないと、地元農家の方がお怒りのようです。

「金城武の木」ブームに地元農民カンカン/台湾・台東

問題の(?)CMがこれ


確かに、なんだか素敵だ。

私にも、忘れられない、というか、自分と一体となってしまっている原風景があります。
インドネシア、プロウスリブ(千の島々)の一つの島です。

今から25年ぐらい前でしょうか。
ちょっと、インドネシアに旅してみたときに、「プロウスリブ(千の島々)」という浪漫ちっくな島々の存在を知って、適当に島を選んで滞在した時の風景です。
夜中の2時頃、目がさめたので、砂浜を散歩してみました。

誰もいない
後ろのほうで、5~60㌢ほどのトカゲが一緒に佇んでいる
南太平洋の波の音
満月の光でオレンジに浮き上がっている砂浜


こんな感じです。

この時の空気感が心に溶け込んでいます。
自分の生命が終わろうとする時、色々な像が頭をよぎると思いますが、安らかに逝けるなら、最後に映るのは、この空気か、と感じています。

人間の苦しみの根源は、バランス感覚の喪失でしょう。
内外の境界で世界は分断され、不調和の世界をさ迷います。
もがくほどに絡められるこの迷宮、それが実は幻であることを、この原風景が教えてくれているような気がするのです。

そうそう!
先日、家の倉庫を整理していたら、二十歳代に旅していた時の手記(落書き帳)を見つけました。


(グチグチ)
ふーん、ふんふん・・・

(グチグチ)
おーおー・・・#

(グチグチ)
・・・##

(グチグチ)
・・・###

めんどくさいんですけど!!!

今更ながら・・・
俺って、めんどくさい人だったのね・・・

2012年6月21日木曜日

少年の季節

中学校は野球部だったが、あまりうまくはなかった。
なかなか上達しなかったので、よくしょぼくれていたもんだ。

やっとわかったのだが、自分は指の力が弱すぎた。
将棋の駒を指したり、麻雀の牌をきるにはちょうど良い按配なのだが、野球のボールをコントロールする指の筋肉がまったくできていなかった。
こう言うと、「いや肘だ!」とか、「いや、走り方が玉ネギっぽいんよ!」とか、「イヤ、そもそも海老っぽかった!」とか言う奴らが出てくるであろうが、無視する。
「妖怪っぽい」っていう輩も・・・ああ、これは別の時代だ。

でも、やっぱり野球は青葉の季節の多くを占めたことには、かわりはない。

小学校の時は、本当によく野球(コバヤン野球)をして遊んでいた。
コバヤン野球とは何だ、と聞かないでください。
実は、普通の野球とどう違うのか、私自身未だに理解していないのだ。
”コバヤン”なる呼称については・・・

やめておこう(笑)

自分もガキ大将だったので、HちゃんとW君には、私の傍若無人な振る舞いをまず詫びておかないといけない。
m(;∇;)mゴメン

自分は、なぜだか、いつもランニングシャツ1枚だった。
いっつも。
それも、どういうわけか、裏返しに着ていた。
常に。
あれ、なんでだろう・・・?

とにかく、まあ暑かった。

三角ベース。

王貞治の野球教室(左打者は一塁ベースに一歩近いという、とっておきの話もその時知った)

秘密の特訓(笑)

バットでうまくロウソクの火を消さないといけないのも一苦労だ。
肘を耳にこするように投げる?(そんなことできるか!)
ポキポキよく骨も折れた。

学校の屋根、うさぎ&鳥小屋の裏、小田井の中・・・ボールを探すのも大変だった。
(小田井になぜエイがいたか、これも未だ謎である)
”アストロ球団”に”ドカベン”に”キャプテン”に”侍ジャイアンツ”に”アパッチ野球軍”・・・
もう洗脳のレベルやっちゅうねん。
遅くなって家を締め出されるは、疲れて宿題はできないは・・・



自分の中の少年が、いなくなることは、多分ない。
野球もしようと思えばできなくもない。
しかし、少年の季節は、もう来ない。

なんだろう・・・
お別れする時が来ていたんだ。
初めて気づいた。

2012年4月30日月曜日

パパは、なぜ愛ちゃんを選んだの? エピローグ

エピソードⅢ

とある日の午前中、私が一人で車を運転していた時のことです。
びっくりしました!
車が横から突っ込んできたのです。
ちょうど私の座っているシートの真横のフロントドアーめがけて、やってきました。
真横からだったのでよけきれませんでした。

衝突箇所は運転席側のフロントドアであったにもかかわらず、私の体のどこにも怪我はありませんでした。
しかし、一歩間違えばヤバかった。
事後処理は、相手の保険会社さんと淡々と進められましたが、、、
それにしても、人間いつ何が起こるかわからない、というのはつくづく本当だ。

で、思ったのです。
もし私が突然いなくなったら、子供は・・・

知らないうちに、なんだかすっかりお別れモードに入っています。
家族として過ごした時間が走馬灯のように・・・
唐突に、さだまさしの『奇跡~大きな愛のように~』が、頭の中で流れ始めました。

奇跡~大きな愛のように~


ああ、大きな「愛」になりたい・・・(涙涙)
ああ、大きな「夢」になりたい・・・(涙涙涙)
ああ・・・

ハッ!
どうした!!俺!!!(笑)

万一に備え、自分は子供に何を遺しておくべきか・・・
財産上の権利義務を定める遺言も大事だが、なにより、パパは日頃どんなことを考え、どんな風に生きているか、家族をどんな風に思っているか、きちんと手紙などで遺しておく必要があるのではないか・・・

などと考えつつ、ふらふらしながらも、何とか仕事を遂行し、家に戻りました。
仕事用の車は家族用とは別にしているし、マイナスの出来事は必要がないかぎり言わないことにしているので、事故のことは言いませんでした(今現在も知りません)。
子供は、なにか私に手紙を書いていたようで、帰宅するとすぐ、「パパ、手紙書いたよ!」といってそれを見せてくれました。

↑これ

愛より
パパ、いつも元気ですか
いつも遊んでくれてありがとう♡
いつも大好きだよ

ここまでは、イイ!
ああ、癒される(笑)

が、この後です・・・

死ぬ時(彼女は「死ぬ」を「しむ」といいます)、お手紙つくるから、死なない時、お手紙つくれへんけど

なんの暗号ですか!?
誰の死についてのお話ですか?
あなたには、何が見えているのですか?

このタイミングで、この文章。
またしても、ミステリアス・ゾーンに突入しそうで・・・
・・・

とりあえず、家族に特別な手紙を遺すのは見送ることにした。

おしまい

2012年4月29日日曜日

パパは、なぜ愛ちゃんを選んだの?(その3)

先日のNHKスペシャル「がん」、面白かった(興味深かった)ですね~。
「がん」というものに対する、新たなパースペクティブというか心構えというか、そういうものが芽生えました。

さて、前回の続きになりますが・・・

エピソードⅡ

去る4月の第一日曜日、娘と近所の きのこ公園 に遊びに行きました。


のんびりと、滑り台に登ったり降りたりしていた時のことです。
ふとした拍子に娘が訊いてきました。
「パパ、愛ちゃんのこと、すき?」

私 「おお、すきやで~」
そう答えた後、一呼吸の間、娘が私の顔をじっと見ていました。
そして私の目を覗きこみ、微笑みながら訊いてきたのです。

「パパ、パパはどうして愛ちゃんを選んだの?」

私 「・・・」
返事につまります。
またまた、不思議な感覚に陥ってしまった。

私は、子どもができた時、その子が男の子なのか女の子なのか、まったく気になりませんでした。
ましてや、私はこの子が生まれるまでは、この子のことを知りませんでした(当たり前ですな)。
なのに、なのになんだが、、、私はその言葉に妙にリアリティーを感じたのです。

言われてみると、そんな気がしないでもない。
論理的には、100%ありえないのだが・・・
なんだか、戯言には聞こえないゾ・・・
実のところ、私は、この子に何度も助けられているし・・・
この子と共に過ごす時間を望んでたような・・・

かなりそれっぽい気がしてきた(笑)!

その日は、一日中、頭がフワフワしていました。

自意識を確かめるべく、夜、瞑想をしてみた。
生まれる前から娘を知っていた、なんてことは、、、やはりない、うん。
生まれてないんだから、ありえないし、、、うん。
「魂」なるもの、言葉は知っているが、その存在を実感したこともない、うん。
結論として、私の理性やその周辺の感覚は、完全にこのファンタジーを否定している。

だが!
だが、しかぁし!

あー、自分はどこかでこのファンタジーを肯定している!
あー、この肯定感はどこから来るのだ?
ファンタジーを肯定している自分を面白がっているだけなのか?
いや、なにかリアリティーを感じるのだが・・・

あー、脳みそが落ち着かない!!!

人間の意識は、どこまでこの世界を把握できるのだろう・・・
自分の生きているこの世界が、実はまったく自分の感じているようなものでないとしたら・・・

悩ましい日々は終わらないのであった。

つづく

2012年4月28日土曜日

パパは、なぜ愛ちゃんを選んだの?(その2)

エピソードⅠ

去る2月26日、草野球の友人たちと近所の河原の公園でバーベキューをした時のこと。


ウチも娘を連れて遊びに行きました。
バーベキュー参加時、

「いやー、またこんな悪人だらけの集まりに参加しちゃったよー(笑)」
「しかし、見事なまでに皆、悪人ヅラやなあ(笑)」

とか、ジョークを飛ばしていたんです、ハイ。
そしたら、娘の顔が急に緊張してきて、小声で「パパ、愛ちゃんお家に帰りたい・・・」とか、言うんです。

”あれ、5歳の子供に「悪人」という単語の認識があるんかな?”と不思議に思いつつ、「愛ちゃん、ウソウソ!みんなパパの友達やで(笑)」とか言ってあげると、少し安心した様子でした。

バーベキューの最中、友人も娘の相手をしてくれて、とても楽しそうでした。

で、その帰りなんです。
車の助手席に乗ってる娘が、言いました。
「ぱぱ、みんな優しかったよ!悪い人じゃない!」
「悪いっていったらダメ!悪いっていったら悪くなる!いいって言えばいい人になる!」---①
って、私を諭したんです。

えーーー!?!
この子が私に発した、初めての”論理的な(因果関係に言及する)”話でした。
それまでは、単に喜怒哀楽、今日の出来事、など単純な話しか無かったのが、突然、抽象的な観念に係る命題に言及したので、驚き桃の木サンショの木です、たまげました。
事実を把握した上での発言なので、字面だけのウケウリではなさそうだ・・・
そして、急に今まで感じたことのなかった感覚に陥りました。

ん?
この感覚は何だ?
自分は、何に驚いているんだ?
・・・

どうやら、こういうことです。

私的には、上記①の命題は、人間が人間らしい世界を築くための一つの方便であって、人間が「理性」の力で、多くの「経験」から導き出した道徳のようなものと認識していました。
つまり、人間が創りだした命題、”人工の道理” だと思っていたんです。
背後に、自然の法則めいたものがあるかも、などとは思ってもいませんでした。
でも、人生経験の少ない子供が発するということは、ひょっとすると、この命題の背後には自然に存する、人間が創造するまでもなく存する法則があるのか?

例えば、”宇宙”という「観念」は人間の理性がつくったいわゆる”人工の”観念ですが、”宇宙”そのものは、人間が観念するしないにかかわらず存在している自然の存在のように思います。(果たしてどうなのかわかりませんが・・・)

余談になりますが、こんな文章を読んだことがあります。 
地球のどこかの木が倒れても、それを見聞きするものがいないと木が倒れた事実があったかどうか分からない。すなわち、観察者がいなければ、その客体も存在しない。”宇宙”も人間が観察するから存在するのであって、人間が存在しないと”宇宙”もない。
なんて話です。

なんだかよくわかりませんが、ともあれ、人間が便宜的に作ったと思っていたものが、そうではなく、もともとそこにありてあるものだったのか?と新鮮な驚きを感じたのです。
”自然と人工の境界線”が、感覚的に揺らいでいます。

この世界は、どこまでいっても掴みどころのない世界のようだ、とあらためて実感しました。

つづく

*論理的に完成された文章ではありません。あくまで散文です。

2012年4月27日金曜日

パパは、なぜ愛ちゃんを選んだの?(その1)

私達が生きているこの世界。

中学校の時に、カール・セーガンが監修していた”COSMOS(宇宙)”って番組を見た時、驚きと感動が入り混じった、すごい衝撃を受けたのを覚えています。


「宇宙ヤバイ」のコピペも雰囲気でてますよね。

---
ヤバイ。
宇宙ヤバイ。
まじでヤバイよ、マジヤバイ。
宇宙ヤバイ。

まず広い。
もう広いなんてもんじゃない。
超広い。
広いとかっても「東京ドーム20個ぶんくらい?」とか、もう、そういうレベルじゃない。
何しろ無限。
スゲェ!なんか単位とか無いの。
何坪とか何㌶とかを超越してる。
無限だし超広い。

しかも膨張してるらしい。
ヤバイよ、膨張だよ。
だって普通は地球とか膨張しないじゃん。
だって自分の部屋の廊下がだんだん伸びてったら困るじゃん。
トイレとか超遠いとか困るっしょ。
通学路が伸びて、一年のときは徒歩10分だったのに、三年のときは自転車で二時間とか泣くっしょ。
だから地球とか膨張しない。
話のわかるヤツだ。
けど宇宙はヤバイ。
そんなの気にしない。
膨張しまくり。
最も遠くから到達する光とか観測してもよくわかんないくらい遠い。
ヤバすぎ。

無限っていたけど、もしかしたら有限かもしんない。
でも有限って事にすると「じゃあ、宇宙の端の外側ってナニよ?」って事になるし、それは誰もわからない。
ヤバイ。
誰にも分からないなんて凄すぎる。

あと超寒い。
約1ケルビン。
摂氏で言うと-272℃。
ヤバイ。
寒すぎ。
バナナで釘打つ暇もなく死ぬ。
怖い。

それに超何も無い。
超ガラガラ。
それに超のんびり。
億年とか平気で出てくる。
億年て。
小学生でも言わねぇよ、最近。

なんつっても宇宙は馬力が凄い。
無限とか平気だし。
うちらなんて無限とかたかだか積分計算で出てきただけで上手く扱えないから有限にしたり、fと置いてみたり、演算子使ったりするのに、宇宙は全然平気。
無限を無限のまま扱ってる。
凄い。
ヤバイ。

とにかく貴様ら、宇宙のヤバさをもっと知るべきだと思います。

そんなヤバイ宇宙に出て行ったハッブルとか超偉い。
もっとがんばれ。
超がんばれ。

---

何もないところから、何もせずに宇宙ができて、そのまま放置したら人間みたいなのが現れた・・・
理屈から考えて、ありえないでしょう!!
ありえないのに、自分はここにいる(ような気がする)・・・
不思議だ・・・
そんな奇跡に比べたら、サイババが何もないところから物を出したり、テレポーテーションしたりなどについての議論などはどうでもよくなってしまう。

何もない宇宙、何もしないで放っといたら自分たちみたいな存在が現れた・・・

この方が、よほどミステリーだ。

ただ、この驚きって、「理性」の驚きなんだよね。
頭で考えると・・・この世界はあまりにも非常識だから驚いてしまう。
しかし、この世界の神秘を「感性」で感じとることは、実のところ、できないでいた。
自然の中を旅したり、サイババのアシュラムで過ごしたりする中で、もちろん、驚き、感動はいっぱいあった。
でも、この世界の神秘を「感性」で驚きをもって感じとることは、できていなかったように思う。

未来の予言もワンダフルだし、不治の病を癒すのもファンタスティックだ。
しかし、その驚きや感動とはまた違った異次元の驚きを、最近の娘の言動から感じさせられるのだった・・・

つづく
      

2011年3月26日土曜日

インド大魔術師の教え(その3)

さて、前回はどこまでお話をしたでしょうか・・・

そうそう!
涙目、ガクブルになりながら、印度を目指したところでした。

印度でも2回ほど死にかけましたが、今回の話の主題ではないので、また機会があったらということにしましょう。

---

さて、何とかこの旅も無事(?)終え、在星中に賃借していたHDB(シンガポールの公営住宅)に戻って来ました。
それから(確か2週間程度位後だったと記憶しているのですが)、印度から何やら手紙が届きましたよ。

印度で知り合った友人から早速手紙がキター!
ああ、俺の人生ってハートフルで素敵♡


封筒を開いてみると、「なんだか秘境みたいな雰囲気の薄暗い森で、たくさんの子供達が遊んでいるような写真」が数枚と「木で作られた数珠」?

手紙がある。

拝啓

タイでは大変お世話になりました。
あなたが寄付してくださった浄財で、村の子供達の生活が随分助けられました。
喜んでいる子どもたちを見てください。
なんとかかんとか。

今度、是非私たちの村に遊びに来てください。


その際、US$2000ほどお持ちいただければ皆とても喜ぶと思います。
なんとかかんとか。

敬具

住所 なんとかかんとか,Kashmir, India
氏名 なんとかかんとか

おっ、わざわざ礼状をくださって・・・・・・

っておい!
貴様かあぁぁぁーーーーー!!
なんか、色々おかしいだろ!!!

カシミールから、出稼ぎに来とったんかいな!
警察にも訴えとるんだけど!!!

あれは、どういう魔術なんだっ?
あの「good man」って、バカにしてんの?
なぜ、俺を狙った?
本気で2000ドル持って来いって言ってんのか?

でもって・・・

俺の住所、なんで知っとるの?

・・・

俺は、この壮大な大魔術から何を学ばなければならないのか?
この手紙は一体何なんだ?

おしまい

---

最近、ふと思い出しました。
この一連の出来事にどんな意味があったのか、未だに謎です。
でも、あの写真と数珠は捨てなきゃよかった・・・
味があったけど、あの時は、頭にきてたからなあ。
 

2011年3月25日金曜日

インド大魔術師の教え(その2)

寺院遺跡にも興味があったので、ちょっとアユタヤまで足をのばしました。


うーん、なかなか趣深い・・・

アユタヤには、日本人町(アユタヤにほんじんまち)があって、その跡地にもたたずんでいた。
14世紀中ごろから18世紀頃まで、最盛期で1000~1500人の日本人が住んでいたらしい。
「今自分が立っている、まさにこの地面の上で、戦国時代の日本から渡ってきて、住んでいたんだあ」
「現実に居たのに、今は誰もいない、不思議だ」
「この世ってのは、まさしく、夢、幻の類やなあ」
などと感傷に浸っていたのを覚えている。

滞在4日目ぐらいだったでしょうか。
おっ、ちょっと両替しておこう、と思い、厳重に鍵をしてあるウエストポーチから、US$を出しま・・・
出しま・・・
・・・

なあい!!!

ないんですけど!
マイマニーが!!!
US$2400!

トラベラーズチェックはある。
が、現金が無い。

ん、なんだ?
タイバーツの紙幣が1枚あるぞ。


なんか書いてあるんですけど・・・
you are good man

・・・
はあ?
 
どうした?
何が起こった?
(ただいま狼狽中)

あれだ・・・
あれだああああ!!!

しかし、どうやって?

パニクっていて、はっきりしていない記憶を必死で辿りました。
そういえば、あのおっちゃん、確か「あなた自身、そしてあなたの持ち物全てを清浄にしなくてはなりません。持ち物すべてをちょっと貸してください。」とか言って、私のリュックやウエストポーチ全てに息を吹きかけてたぞ・・・。
しかし、ウエストポーチには鍵をかけてあったはずだし、その様子も一部始終見ていたのに!
「持ち物祝福の儀式」も1分とかからなかったはず。

でも、あのタイミング以外ない・・・

催眠術だ。
催眠術に違いない!

でも、あの紙は?
私の個人情報を事前に入手する機会はいくらでもある。
というより、バンコクでパスポートを見せる機会は、宿とか、換金所とかいくらでもあるので、そこと連携したグループが、後をつけてきたと考えるほうが自然だ。
しかし、親の情報は?
これだけは、いまだもって分からない。
シンガポールにいた時でさえ、親の情報を開示したことはないはず。
これだけは、催眠術じゃないように思う。
紙に書かれていた筆跡まで、いまだに記憶しているのだが・・・

超能力+催眠術か。
何らかのトリックで、中身すり替えが成功したとしても、その後、わざわざ別の紙幣の裏に「you are good man」などと書いている時間などなかったはずだ。
とすると、はじめから成功することを見越して書いていたのか。
それとも、いつも、感謝のメッセージ入り紙幣を持っていたのか。

もしかすると・・・
催眠術のようで、本物の超・能・力なのか。

そのあと、少し精神状態がおかしくなったが、気を取り直して、警察に駆け込んだ。
一部始終を話した。
警察の人の反応は・・・

「それは大変だ」
「しかし、犯人は捕まらないでしょう」

よくある事件なのか聞いてみたら、「こんな珍妙な事件は初めて聞いた」と言った。
本当?
お人好しの外国人によくある話だ、と適当に流してるだけじゃないんですか?

涙目になりながら、警察を後にしたのであった。

つづく

2011年3月24日木曜日

インド大魔術師の教え(その1)

最近、胃の調子がイマイチだったので、どうするか思案していたところ、ふと恐怖の記憶が蘇って来ました。

かれこれ20年以上前の話です。

シンガポールでの仕事を終え、インドへの旅(陸路を選択)の途中、タイのバンコク郊外の田舎町をふらっと歩いていると、いかにも怪しげなインド人が私を呼び止めました。
タイでもインド人をよく見かけるのですが、雰囲気が怪しいのです。


「あなたのことを待っていました。私はあなたのことを知っています。あなたの清浄な旅を祝福させてください。」
などと、さらに怪しげなことも言うのです。
(旅っつっても、サイババのアシュラムに行くついでに寄ってみただけなんですけど・・・)
そして、脇の寺院に呼び込まれ、二人向い合って禅を組みました。
で、彼は私の眉間に3回ほどフッ、フッ、フッと息を吹きかけ、手に持っていた紙にもフッと息を吹きかけました。
そして、その紙を、おもむろに私に手渡しました。

な、なんと!

そこには、英語(ローマ字?)で、私の名前、生年月日、私の両親の名前、が記されているではありませんか!
他にも何かゴニョゴニョと書いてありましたが、パニクっていたので覚えていません。
もう一度、私の眉間に息を吹きかけ、「祝福あれ!」みたいなことを言って、去っていったのです。

これは一体!!

特別な旅になる予感!!!

その後、その街で宿を探し、ヘブン状態のまま、うっとりと一夜を過ごしました。

つづく

2010年6月22日火曜日

秘密の特訓

腹筋が痛くなってキター!!!

ということで、秘密の特訓(最後の夏計画)、始めました。
まずは、筋力から。
”そんなに時間をかけられないので、とにかく濃いやつを”と調べた結果、Kazuくんの考え方を採用することにした。


いかにも、フォトショで作りました!っていう感じで・・・
まあ、それはそれでいいんだけど・・・

どうなん、この髪型?
これ、かっこ良くなってる?
どうなん?
ウルトラマンでこんなのいなかったっけ?

で、秘密の特訓なのだが、ベンチプレスがない。
当面は腕立てで代行するしかないが、時期を見てベンチプレスを入手し、屋内トレーニングの期間も設定しなくてはなるまい。

ドラゴンフラッグ、確かにキツー。
屋外ベンチを利用していたので、そのまま仰向けに休憩。


空、雲、葉っぱ、、、
ぼんやりしていると、急に意識が30年近く前にスリップした。

20歳前後かな。
当時、私は、横浜の磯子区、東京で仕事している兄の隣に住んでいた。

日曜日の午後、一人で屋外のテニスの打ちっぱなし(ゴルフとちゃうで)、要するに、スカッシュの屋外拡大版のような所で、モテるための、秘密の特訓をしていた(笑)。

疲れて、ベンチでゴロンと仰向けになって休んでいた・・・

おんなじ。

空

雲

葉っぱ

あの時、モテるための秘密の特訓であるにもかかわらず、別なことを考えていた。
はっきり、くっきり、葉っぱの様子まで覚えている。

一本の木に、いっぱい葉っぱがある。
一枚は、青々と、「これぞ葉っぱ」っていう綺麗な形を誇っている。
隣には、茶色く、クシャッとした葉っぱが、ぶら下がっている。
ちょっと離れて、色は元気なのだが、半分位、虫に喰われて、痛々しいのがいる。
・・・

おんなじ木から生えているのにどうしてこんなに違うんだ?
茶色い奴も、虫喰いの奴も、前世の行いが悪かったのか?

俺には、そうは思えない。
それらの葉っぱに、前世も、業の深さも、感じられなかった。

単に不公平なのだ。

それ以上でも、それ以下でもない、と思った。
そして、”理由もないのに不公平なのはおかしいじゃないか!”などと腹を立てていた。

今日、同じ光景を見た。
感じ方は違っていた。

青々としているのが幸せで、茶色いのや虫喰いは不幸だ、と言い切れないような気がした。
表面的には、やはり幸・不要を区別する感覚もある。
でも、頭の芯の方で、それとは違う感じがする。

不公平な気はするが、不条理な感じがしない。
今日は、腹が立たない。

何かな、、、
何だろう、、、

「不公平」にこだわる感覚を失うのは、「生きる意味」を失うようで怖い気もするが、反面、そうでもない気もする。

いつか、わかるかなあ、、、